新生児低体温療法の思い出

昨日、2月の末まで働いてくれていた受付スタッフが出産を終え、母子ともに健康との報告を
受けました。本当に良かったと思いますウインク音符
妊娠しても、流産しちゃうこともあるし、死産しちゃうこともあるし、
妊娠したって周りは喜んでいても、上手くいかないこともありますぐすん
3人の子供のいる私は、3回出産を経験し、各々エピソードがありますが、
一番ハラハラしたのは、真ん中の子の出産の時です。
1人目を産んでから、死産・流産が続いていたので、
妊娠中も、また途中で異常が発見されないか、常に不安でしたし、
妊娠糖尿病も併発し、血糖測定を行ってコントロールしていました。
ギリギリまで働いて迎えた、予定分娩の日病院
(第1子の陣痛が辛かったのと、気力・体力を消耗したくなかったのと、出産日が決まっていた方が、復帰の日も決めやすいので、無痛の予定分娩にしていました。)
麻酔が上手に効いて『無痛って全然痛くな~いチョキ』なんて、余裕ぶっこいでいたのは
破水まで……アセアセ
破水後、胎児心拍が急激に低下し、心拍が取れない状態にアセアセ
看護師さんや助産師さんがワラワラ集まってきて、バタバタしだします。
胎児の頭が下がってきていたので、お腹を押したり、吸引分娩を何回かして、
赤ちゃんをだしました。
でも、赤ちゃんがでるまでに、時間がかかり、産まれた赤ちゃんは真っ白ガーン
呼吸も心拍もありません。私には一瞬見せてくれましたが、さっさと運ばれて、
そこから新生児科の先生が、心臓マッサージをします。
でも、なかなか心拍がでません。
しばらく、蘇生術を行い、やっとこさ、微弱な心拍が検出されますが、
そこから『低体温療法』を行うために、横浜労災病院に搬送されてしまいます救急車
分娩台に縛り付けられている私は、赤ちゃんの様子を知るよしもなく、
搬送される時に、『こりゃやばい!!』ということを伝えられます。
新生児の元気度を測る目安として、アプガ―スコアというのがあります。
出生後、5分後と10分後の呼吸状態や心拍、筋力、皮膚の色などで判定し、10点満点です。
私が産婦人科で研修をした際、ほとんどの赤ちゃんは、8点-9点とか9点-10点とか、
そんなアプガースコアが普通でした……。
で、うちの子は??
0点-1点……ガーン
0点;呼吸・心拍もなく、だらっとしていて、皮膚も真っ白
1点;心拍だけでた状態?
医療関係者なら、このヤバさは半端ないとわかると思います。
病名がつくとしたら、『重症新生児仮死』ドクロ
この点数を聞いた時に、
『あぁ、もうこの子は植物状態だ。よくて、脳性麻痺だ。
普通に会話できることもないんだろうな……ショック折角、9か月間頑張ったのに、最後にコレ??
流産・死産の次はこんななんて、どんだけ不幸なの私……えーん
と思い、その日は夜通し泣いていました。
さて、搬送されてしまった我が子が受けていた低体温療法というものについて、
ちょっと説明します。
私もこの時初めて知ったのですが、重症新生児仮死の子を低体温にすることで、
しばらく酸欠状態になっていた脳の組織をダメージを軽減する治療です。
オシム監督が脳梗塞になった際にも行われたらしく、長島監督は後遺症が残ったけど、
オシム監督が後遺症が残らなかったのは、この低体温療法のおかげと言われています拍手
私が『アプガ―1点-2点で、低体温療法することになった』と女医の友達に報告したところ、
彼女は仕事中に泣いてしまい、同僚に心配されたそうです。
低体温療法にもリスクがあり、体温を正常に戻す際に脳出血してしまったり、
感染のリスクが高まったりするのを知っていたので、楽観はできなかったのでしょう。
話しは戻りますが、その後うちの子は34度台まで体温を下げられ、72時間過ごしました。
私はというと、入院していても泣いてばかりで、気分が落ち込んでしまうし、
毎日母乳を届けるためNICUへ行かないといけなので、主治医に交渉して、
翌日退院しましたランニング
ちなみに、退院時の説明では、赤ちゃんの状態が急に悪くなったのは、臍帯の異常で、
妊娠中期にしっかり臍帯をエコーで確認したり、胎児ドックなどをしていないと予測が難しかった(出産した病院には出産の時だけお世話になり、それまでの妊婦検診は他院で受けていました)と言われました。(私のパターンの臍帯異常の発生率は1/1000)
また、『脳に酸素が行っていない時間が長かったので、良くて車イスでしょう。』と新生児科の
先生に言われましたドクロ
覚悟はしていたけれど、『良くて車イス』はかなりショックな宣告でしたぐすん
NICUでの脳波やMRIも好ましい結果ではなかったですが、労災病院の新生児科の先生は淡々と『見守りましょう』と結果を説明してくれました。
採血データでは、胎児の血液が私に流れ込んでいた『母児間輸血症候群』という病態も
併発していたことがわかりました。
脳室内出血なども起こしていましたが、低体温からの復温も問題なく進み、
徐々に機械が外れて行きます。
低体温療法が終わった頃👇
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合併症の心配をよそに、人工呼吸器からも離脱でき、初めて抱っこできた時。
哺乳はできず、鼻からチューブで初乳を投与していました。
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その後は、徐々に哺乳量も増え、2週間程度で退院できましたキラキラ
そして先週、3歳時点での発達検査のため、久しぶりに労災病院に行ってきました。
桜並木が綺麗でした桜
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弟も連れて行ってしまったせいで、待合室ではしゃぎ、
知能検査中も『面白くないイラッ帰りたいおーっ!』と言って、皆を困らせましたが、お陰様で
後遺症なく成長しています。
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うちの子が助かったのには、幸運が重なったからだと思います。
予定分娩でなく夜間の出産だったら??小さなクリニックだったら??助産院だったら??
新生児科の医師がいなく、蘇生できなかったと思います。
横浜でなかったら??
低体温療法がどの病院でも受けられるわけではなく、地方だと県に1つか2つの病院しか、
その設備がありません。神奈川県だと7つの病院で受けることができます。
また、産まれた時に、低体温療法用のベッドが既に使われていたら、施術を受けることができません。
病院が遠かったら??
低体温療法を受けるまでの時間も大事で、6時間以内と決まっています。
6時間以降に冷やしでも、脳のダメージを回復できないそうです。
36週未満、1800g以下であっても低体温療法をうけることができません。
低体温療法をしても後遺症が残る子はいます。
うちの子に残らなかったのは、妊娠中から血液が私に流れ込み、元々貧血があったので、
低酸素に対する予備力があり、ダメージが少なかったのかもしれないと、
低体温療法をしてくれた先生に言われました。
長くなってしまいましたが、今回言いたいのは、
妊娠・出産は何が起こるかわからないということです。
「元気に生まれるのが当たり前」と思われてるかもしれませんが、そうでない事もある。
子供にこんな風に育って欲しいとか、親の希望を押し付けてしまうこともありますが、
元気にスクスク育っていれば万歳OKという事を、忘れないようにしないとなぁ……うーん流れ星
と思う篠田でしたおすましペガサス

 

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